もうひとつの石見銀山

早朝から高津川沿いを日本海側へ下り海岸線を東へ向かった。朝日を浴びて鮮やかなグリーンに輝く砂浜や、入り江に揺れる白い小舟が美しい。江の川を渡り太田市に入ると、2007年にユネスコの世界遺産(文化遺産)への登録が決まった石見銀山がある。世界遺産センターのある大森地区周辺には採掘場や製錬所跡地が保存され、多くの観光客が訪れて活況に湧いている。

石見銀山は自然銀の含有率が高い「福石」と呼ばれる鉱石が産出し、最盛期には世界の3割以上の産出量を誇るまでになった。時は戦国時代。銀をめぐる激しい争奪戦が繰り広げられ、銀山を手中にした武将は大内氏、尼子氏、毛利氏、豊臣氏と激しく入れ代わった。彼らは海外諸国と活発に貿易を行い、世界経済に大きな影響を与えたと言われている。

石見銀山が世界遺産に選定された一番の要因をご存知だろうか。銀の精錬に欠かせない燃料=薪を生み出す森林を、持続可能なエネルギー源として適切に維持管理し、環境負荷の少ない開発がなされた結果、現在も広葉樹などを含む豊かな森林が残っている事が高く評価されたからなのだ。自然との共生が求められる今だからこそ、文化遺産として認定されたのだという。そして先人の知恵を授かるべく、多くの植物学者や環境学者が石見銀山一帯の森林調査に乗り出している。

情緒ある景観の温泉津

情緒ある景観を誇る温泉津(ゆのつ)の町並み

鉱山跡地の賑わいとは裏腹に、静かに迎えてくれる「もうひとつの石見銀山」を訪ねて見た。掘り出し精錬された銀を世界各地へ送りだした港「沖泊(おきどまり)」と、銀交易で繁栄を極めた「温泉津(ゆのつ)重要伝統的建造物群保存地区」は、世界遺産石見銀山の全貌を知る上で欠かす事のできない場所だ。

のこぎりの刃のような海岸線の隠れ家のような港、沖泊には、室町時代に建立されたという海運の安全を祈願した恵比須神社が奉られ、銀の運搬船をもやった「鼻ぐり岩」と呼ばれる係留跡も数多く残っている。温泉津は、かの毛利元就が作ったとされる歴史のある町だ。築100年を軽く越える建物が軒を連ね、ゆったりとした時間が流れている。温泉津町が成立した50年程前には1万人を越える人口があったが、現在は過疎化が進んで半分ほどに減ってしまったという。手入れが行き届かずに荒廃が進む古い建物も多く見られるが、世界遺産認定で建物の価値が見直され、修復保存など後世に残す取り組みが始まっている。

今回の訪問をサポートしていただいた和田さん、代々老舗旅館を営んできた“ますや”のご主人、女将さん、温泉津の話を伺った皆さん、ありがとうございました。

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