オオカミの森

褐色の毛並みも勇ましいモンゴルオオカミ

道東西別岳の麓に、オオカミと共に暮らす夫婦がいると聞き、標茶町虹別までやってきた。幹線道路を外れ、数km毎に点在する酪農場が途切れた道の終点に「オオカミの森」はあった。真っ白な頂きが美しい斜里岳の向こうに知床連山が一望できる大パノラマがその舞台だ。日本オオカミ協会の理事でもある桑原さんはここで、モンゴルオオカミ、シベリアオオカミなど12頭の“本物のオオカミ”と暮らしている。かつてこの地で食物連鎖の頂点に君臨し、エゾシカを主食に生き続けて来たエゾオオカミが絶滅して100年余。天敵が居なくなり自然界のバランスが崩れた結果、エゾシカが爆発的に増え続け、森林や農作物の被害、交通事故など、多くの問題を引き起こしているという。

広大な敷地に自然林を再現し、オオカミと共に暮らす桑原さんは、オオカミの目を通してこれからの自然を考える「自然教室」を主催している。桑原さんは言う。
「オオカミに対する偏見や誤解をなるべく持って欲しくないので、ここを訪れた方には、全ての動植物が連鎖する自然界の仕組みについてレクチャーを受け、ディスカッションを経てからオオカミ達と会ってもらっています。」

日本では、食物連鎖の頂点にいたオオカミが絶滅してしまったため、本当の意味での“自然”は失われ、害獣駆除という名目で人の手により、シカが殺されている。シカが増えて樹木の新芽を食べ尽くしてしまい、森の食料が減ったために、人里に降りて来るようになったクマも同様だ。森の木は大きくなれず、シマフクロウなど大木を棲家とする動物達の生息域も急激に減少している。このように自然界のバランスが崩れた原因の多くはオオカミが絶滅した事にある、と桑原さんは語る。

オオカミを知るためには、現在の森の姿を見てもらいたいとの事で、西別岳の森へホーストレッキングに出掛けた。牧草地を抜け、森へ入ると、直径10センチメートル程の弱々しいクヌギや樺の木が等間隔に生えている。この辺りはシカの被害や伐採により太い樹木が消えてしまったため、数年前に植樹して再生させた場所だが、元の姿に戻るには50年以上掛かるという。さらに奥へ進むと、直径1メートルを越えるような大木の森へ入った。木々の種類も豊富で、あちらこちらに動物の痕跡があり、いかにも“生きた森”という印象だ。しかし、ここもシカの被害が出始めていて、放置されれば、次第に消えて行く運命をたどるかも知れないという。

かつてアメリカのイエローストーン国立公園でも、オオカミが絶滅し同様の問題が起きていた。解決するひとつの手段として、シカ類の生息数とオオカミのテリトリーなどを厳密に調査して、野生のシンリンオオカミを放った。この話を聞いた桑原さんは、毎年のようにイエローストーン国立公園を訪れ、その成果を目の当たりにしてきた。オオカミを放って数年でシカに食べ尽くされていた森が再生し、生物多様性が蘇るなど、驚く程の効果が現れているという。北海道とは面積や生息する種も違うため、一概に最良の方法とする事はできないが、ひとつの可能性として議論されるべきではないかと考えている。

夕食に、自ら猟ったエゾシカ肉を振る舞いながら、桑原さんは夢を語ってくれた。
「多角的に調査を進めた上で、周囲の理解が得られるのであれば、知床半島に野生のオオカミ5〜10頭を放つのが夢です。野生のオオカミは非常に用心深く人を怖がるため、森を出て姿を見せたり、人に危害を加える事はありません。賛否両論あるのも分かるし、成功するかどうか確信が持つのは難しいでしょう。ただし、かつてはオオカミが食物連鎖の頂点に存在することで、自然界のバランスが保たれていたのは、まぎれも無い事実です。」

気温マイナス5度とキンキンに冷え込む星空の下、バーベキューコンロの火を囲みながら、「自然とは」という壮大なテーマのディスカッションが深夜まで続いた。喰うもの、喰われるもの、空を飛ぶもの、水を泳ぐもの、人を含む全ての生き物が互いに連鎖して自然界が成り立っている事に間違いはないだろう。オオカミを知る事は自然を知る最良の方法かも知れない。

静まり返った虹別の森に、存在を誇示するような“うぉぉぉうぉぉ”というオオカミの遠吠がいつまでも響いていた。

オオカミの森” への3件のコメント

  1. 冒険、お疲れ様です。
    近所の標茶のホテルもデジタルデバイドだったのでしょうか。
    さすがは「オオカミの森」を名乗るだけの事はあります。
    未舗装路と言いますかダートコースの運転具合と乗り心地、いかがでしたか?

  2. ootaharaさん コメントありがとうございます。
    オオカミの森は、自然との関わりなど色々な事を考えさせてくれる素敵な場所でした。

    チームACPは、プリウスでのオフロード走行を数万キロ経験しています。PHVではまだまだですが、よく走ってくれるクルマだという事に変わりなかったですね。

    いよいよこの旅も終わりを向かえようとしています。たくさんの出会いに感謝です。

  3. ピンバック: ECO-MISSION2011@JAPAN