10月 2日 2012

雨が強まる高原から“後見”へ出発、お気をつけて。

雨が強まる高原から“後見”へ出発、お気をつけて。

目の前に広がる美しい故郷の風景と、心の中にある理想郷が融合した世界「イーハトーブ」。ポーランド人のザメンホフが提唱した世界共通言語のエスペラント語で岩手をそう呼んだのは宮沢賢治だった。東京から岩手に移り住み「イーハトーブ」の名を冠するトライアル大会を主催し続けてきた、日本トライアル界の草分け、万澤安央さんが追い求めた理想郷を訪ねた。

新日本百名山「七時雨山」の夕暮れ

新日本百名山「七時雨山」の夕暮れ

待ち合わせ場所として指定されたのは八幡平の高原にある七時雨山荘(ななしぐれさんそう)、しかも早朝7時という事で前泊することにした。七時雨山荘は、素晴らしい眺望ながら比較的楽に登れる山としても人気の「七時雨山」登山口の一軒宿だ。日中の予定を終えて東北道を北上、夕方暗くなる前に七時雨山荘に到着しチェックインを済ますと、女将さんから「昨夜、万澤さんが皆さんにって届けてくださったのよ」と、薄紅色の小箱を手渡された。箱には「ゴーシュの塩生キャラメル」とある。以前、盛岡でお会いした時に話していた本業のキャラメルをプレゼントしてくれたのだ。何とも嬉しい心配りに感激しながら、一粒口に運んでさらに感激。やさしく香ばしい甘さが口いっぱいに広がり、とろりと溶けて行く。ゆっくりとそれを味わいながら悦に浸っていると、最後の一片とともに甘みもスッと消える。あまり甘いものが得意ではないのだが、このキャラメルは虜になりそうだ。夕闇が迫る中、周囲の景色を隠していた雲が薄れて月に照らされた七時雨山が姿を見せてくれた。携帯電話は圏外、インターネットも繋がらないので、早めに就寝して明日に備える事にする。

ポツポツと屋根を叩く雨音で目を覚ました。窓の外は霧に霞んで近くの樹々さえ白んで見える。大降りにならないことを祈りながら身支度を済ませてテラスへ出ると、早朝の静まり返った高原の遙か向こうから微かなエンジン音が聞こえ、一台のクルマが近づいて来る、万澤さんだ。再開の挨拶を交わした後、モーニングコーヒーを飲みながら、東京出身の万澤さんが何故岩手で「イーハトーブトライアル」を始めたのかを尋ねると、饒舌な万澤さんはトライアルとの出会いに遡って丁寧に話してくださった。

「少年時代、東京の玉川学園という所で牛乳配達のアルバイトをしていたんですが、その辺りは多摩丘陵で坂道が多く、もしも“立ちゴケ”なんてしちゃったら牛乳瓶が割れていまう。それで自分なりに練習して坂の途中でもバランスを取って停まれるようになったんです。ある時、テレビで海外のトライアルを観る機会があって、あれ?これならオレにもできるって、単純にそう思ってトライアルの世界に飛び込んだんです。日本じゃ誰もやった事の無い競技なので、自分で技を磨くしか無い、そういう時代です。」

万澤さんのユーモアを交えながら流れるような話に引きこまれる。そして「イーハトーブトライアル」誕生の話へと続いた。

「当時ホンダの契約ライダーだったオレは、’73年にイギリスのスコットランドで長い歴史を持つ“SSDT( スコティッシュ シックスーデイズ トライアル)”に参戦しました。これはもう凄くハードで、世界のトップライダーもフラフラになりながら戦う過酷なもの。だけど雄大で美しい風景の中を移動しながらのトライアルは本当に素晴らしい、いつか自分も日本のどこかで開催してみたいと心の奥にしまって帰国しました。ある時、偶然にも岩手県の普代村という所を訪れる機会があって、その風景を見た時、あっ、SSDTと一緒だ。オレはここでトライアルをやるんだって。その場で決意して4年の準備期間を経て’77年に“イーハトーブトライアル”開催に漕ぎ着けました。」

トライアルに掛ける情熱を身にまとう万澤さんの話は魅力的だ。
大会1ヶ月を過ぎた今日の「後見」というのはどんな目的で行われるのかを聞いた。

「“後見”は大会を締めくくる大切なものです。同じコースを巡りながら、荒れてしまった箇所はないか、地元住民などとのトラブルは無かったかを見聞きして回るんです。勿論何かあれば、その修復にも当たります。“後見”をきっちりと済ませる事で、地域の理解がより深まり、36回もの歴史を重ねる事が出来ているんだと思います。」

ここ八幡平市をはじめ、開催のきっかけとなった普代村など、岩手県下11市町村を舞台に繰り広げられる「イーハトーブトライアル」。地元住民との付き合い方についても尋ねた。

「それが一番大切な事ですね。一緒になって楽しむだけでは上手く行きません。彼らの楽しみを作り出し、喜んで協力してもらう体制づくりが出来ないと、これほど長く続ける事は無理だったでしょう。この大会はトライアルの楽しさは勿論ですが、岩手の美しい自然と地域社会の魅力を味わってもらう“岩手のスポーツ観光”だと思っています。」

地域住民に無闇にへつらうのではなく、一定の距離を持って接してこそ、お互いを尊重し合えるという事だろうか。
触れ合う瞬間は甘く、やがてスッと消える切れの良さ。まるで「ゴーシュの塩生キャラメル」のように。

常設のスタート台で出発合図を待つ

常設のスタート台で出発合図を待つ

しばらくして運営スタッフ3名が到着し、「イーハトーブトライアル」のために市が作ってくれたという常設のスタート台から“後見”へと出掛けていった。本降りの雨の中、次の大会のための締めくくりが始まる。
                          

「2012イーハトーブトライアル大会」“後見”スタート

万澤さんの作る「ゴーシュの塩生キャラメル(岩手地饅本舗)」詳細はこちら→



カテゴリー: エコミッション2012,岩手県

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