日勝峠を越えると、まるで飛行機から見下ろしたように広大な十勝平野が一望できる。つづれ織りの坂道を下ると、どこまでも真っすぐに延びた道、両脇には広々とした牧草地に乳牛の群れが草を食む姿、牛舎やサイロを取り囲むカラマツやトドマツの防風林、いかにも北海道らしい風景が広がっている。十勝地方は岐阜県とほぼ同じ面積を持ち、その6割を平野が占めている。開拓当初から酪農はもとより、大豆、小麦などの栽培が盛んに行われて来た北海道有数の穀倉地帯でもある。
入植以前の十勝平野は、カシワやミズナラ・シラカバなどを主とする広葉樹の原生林で覆われていたが、その豊潤な土壌を目当てに多くの入植者が十勝平野に集結した。腐葉土が蓄えた栄養は20年間は持続すると言われ、開墾によって畑に変わった平野は豊かな実りと引き換えに、多くの在来樹種を失う事になる。また、北海道各地の炭坑で石炭の採掘が始まると、坑材の需要が増え、成長の早いカラマツの植林が急増、広葉樹は冬場の燃料として伐採され続け、原始の森は奥深い山中でしか見る事ができなくなってしまった。
十勝からさらに人里離れた標茶町虹別を訪れた際、ホーストレッキングで森へ向かう途中の道沿いには、防風林として植林されたトドマツやカラマツが、森へ入ってからも原始の姿には程遠く、新たに植林された細い木々の間は下草が鬱蒼と生い茂っていた。かつて食物連鎖の頂点に座するカムイが棲んでいたであろう広葉樹や在来針葉樹の深く豊かな森は、ほんの一握りの場所にしか残されていないのだ。
原料としての木材が安価で輸送に便利という理由から、北海道の海沿いに製紙工場が次々と進出し、伐採に拍車を掛けた。特に在来種のエゾマツは高級用紙の原料として大規模に伐採が行われ、取って代わった単一種の植林事業が加速する。やがて、海外の木材がより安価に輸入されるようになると、森は放置され、薄暗い樹間をクマザサが埋め尽くす荒廃した森林が取り残されて行った。北海道の森林面積は、人口当たりに換算すると本州の5倍と公表されているが、こうした放置林も多く、人口密度を考えると決して私たちが思い描いている“北海道の大自然”が存続しているとは言い難い状況にある。
ここ数年、道森林管理局やNPO、先日訪れた「十勝千年の森」など、北海道各地で多様性のある在来種の森を取り戻そうとする機運が高まっている。伐採後に放置されて砂漠化した荒地に植林が始まり、単一種の森を間伐して在来種を植林するなど、豊かな森づくりを目指す活動が急速に広まりつつある。僅かずつではあるが国産木材需要の伸びも追い風となり、健康な森の復元に向けて北海道が動き始めている。