車窓を流れる景色の素晴らしさから、鉄道ファンならずとも一度は旅してみたいと評判の五能線。それと絡み合うように進む国道101号線を巡るとあって、能代を出発した直後から否応なしに絶景への期待が高まる。秋田音頭で“ハチモリハタハタ”と謡われた八森を過ぎた辺りから、荒々しい岩礁を洗う波打ち際を、鉄道と入れ替わりながら北上を続ける。左に大きく回り込んだ先にある奇石の景勝地「千畳敷」を過ぎると、イカを焼く香ばしい薫りとともに今日の目的地「GazooMura鰺ヶ沢」が見えてきた。
鰺ヶ沢漁港にある「海の駅わんど」に立ち寄って観光協会事務局長の園村さんを訪ね、周辺の見所を教えてもらう間、店頭にプリウスPHVを停めて充電させていただいた。すぐ近所にガズームラを盛り上げるために日々鰺ヶ沢の情報を発信している地元ブロガーさんの料理店があるというので、昼食かたがた訪ねる事にした。漁港から水揚げされる海産物を取り扱う卸問屋が本業で、隣の食事処地魚屋「たきわ」では、新鮮な日本海の幸を提供しているというので、一番のおすすめという名物のヒラメ漬け丼に舌鼓を打つ。ここでも継ぎ足し充電をさせていただき、お腹もバッテリーも満タン、今夜の宿泊先がある然ヶ岳(しかりがだけ)に向けて山道を上る。
早くも稲刈りを終えた田んぼでは、籾殻を燃やす煙がたなびいている。残った黒灰は春先には土に漉き込まれて優秀な肥料になるのだが、こうした古くから行われてきた農法を続けている田んぼを久しぶりに見たように思う。急斜面の山々が迫ると田んぼがみるみる狭くなり、然ヶ岳の裏側へ回りこむ道の途中で最後の田んぼが姿を消し「白神山地の宿 熊の湯温泉旅館」に到着した。
熊の湯温泉旅館は“金鮎”で有名な赤石川のほとりにある一軒宿。里山の表情はここまでで、この先は深いブナの森が広がる世界自然遺産白神山地の山懐だ。雲行きが怪しくなってきたので天気を知ろうとスマートフォンに目をやると「圏外」。つい最近までテレビも映らなかったというから、マチでのうのうと暮している私達にとって、まさに陸の孤島のようなこの場所は、乾いた心を小さな冒険心で満たすには絶好の宿である。
鰺ヶ沢漁港から30km程の道のり、プリウスPHVのバッテリーを使いきってしまったので、女将さんに充電をお願いした。電気をいただいている間に、目の前の赤石川の河原へ降りて見る。せせらぎと風の声、遙か遠くまで連なる急斜面の山々。深呼吸する度に、生身のカラダが森の精気で充電されていくようだ。
夕食までしばらく時間があるので、先へ延びる林道を上る事にする。川沿いを蛇行しながら進む程に、川は狭くなり樹々は太くなって行く。やがて「クロクマの滝へ徒歩15分」という看板が立っていたので、クルマを停めて散策路を上った。看板に偽りはないのだが、”急斜面を全力で“と付け加えて欲しいほど険しい道を登った先に、落差80mの素晴らしい滝が見えてきた。滑りそうな岩を慎重に踏みしめながら滝壺まで行き、森の雫を集めた滝の飛沫を全身に浴びて、ここでも深呼吸。河原で感じた何倍ものパワーがカラダに入ってくる。足元を見ると5、6尾の岩魚がジャンプしながら滝壺へと姿を消した。
宿へ戻るとご主人が森の仕事から帰ってきていた。21代続くマタギ、吉川さんだ。自ら採ってきた山の幸を女将さんが愛情込めて料理した夕食をいただきながら、白神山地のマタギについて話をうかがった。「マタギ」とは山で猟をする人たちの総称だとばかり思っていたが、熊だけを打つ猟師を「マタギ」と呼ぶそうだ。通常カタカナで表記されているが漢字で「叉鬼」と書く。山の怖さを鬼に例え、里山と神々の住む山との境界線を守る番人としての役割を果たしていたという。また、江戸時代にはマタギには関所を自由に往き来できる特別の権限が与えられていた事から、国々を股にかけるという意味でマタギと呼ばれていたとする見方もあるという。吉川さんは言う。
「かつては人間も自然の中に暮らす動物の一員でした。マタギが熊を猟る事は生活のためだけでなく、自然との折り合いを付けながら、山の食物連鎖のいち役を担って来たんです。世界自然遺産に登録されたのは、白神山地が全く手付かずの自然というのではなく、人間を含めた多様な生物が共生していたからなんです。ですから、生かされている事に感謝をし、熊など山の幸を根絶やさずに守って来たマタギの存在は大切なものだったと思います。今は年2回の猟期に熊を猟りますが、それ以外は森林パトロールとして每日5時間ぐらい山を歩き回っていますよ。」
夜も更け、深い静寂に包まれた白神山地の一軒宿で、ブナの大樹のように優しくも重みのある吉川さんの言葉が心に染み渡る。山に挟まれた帯状の夜空には満点の星がまたたいていた。
GazooMura鰺ヶ沢 白神山地へ向かうプリウスPHV
カテゴリー: エコミッション2012,青森県
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