十勝千年の森

知床半島や白神山地のように、荘厳な原始の森を残すために尽力する人たちがいる一方で、ここ「十勝千年の森」は、観せる自然を創造して、多くの人を招き入れ、森と触れ合う場を提供している。「千年先の人類にかけがえのない遺産を残す」というテーマを掲げ、林業の衰退とともに人の手が入らなくなって荒れていた“放置林”を根気よく手入れしながら、在来樹種の植林と合わせて森の復元を行なっているのだ。十勝連峰を望み、緑も鮮やかにうねる芝、その向こうに多種多様な樹木が生い茂る森が広がる眺望は、思わずため息が出る程に美しい。

セグウェイで千年の森を巡る

「十勝千年の森」は、十勝毎日新聞社が母体となるランランファームが運営している。十勝毎日新聞社では年間約3,000トンもの紙を使用しており、これを原料となる木に換算すると、約14ha分の森林を消失させることになる。環境問題を報じる新聞社にこそ、森を育てる責任があると考えた当時の林社長(現会長)は、カーボンオフセットを新聞社に当てはめ、森林の造成に取り掛かった。新聞紙として消費される資源木を充分にまかなう事ができる1000ヘクタールの森を作ろうという、壮大な計画がスタートしたのだ。

我々は以前、エコミッション2001@ジャパンで、スタート間もない「十勝千年の森」を訪れている。当時の森の規模は130ヘクタールほど。付帯施設も計画途中で、まさに夢のはじまりに立ち会う事ができた感動を印象深く覚えている。今回の訪問で、9年ぶりに目にした森は、予想を遥かに越えた成長を遂げていた。林会長をはじめ、スタッフ全員の情熱と、地道な作業の積み重ねの成果が結実し、さらに進化を続けている姿が目の前に広がっていたのだ。自然の本質にきちんと向き合い、自然との共生を考えたひとつの回答が「十勝千年の森」なのかも知れない。

現在、森の面積は400ヘクタール。ハイペースで拡大を続けている。当初カーボンオフセットを目標にしてスタートしたが、新聞古紙回収率が改善され、チラシなどの紙も一緒に回収されることから、リサイクル率は100%を越えている。カーボンはオフセットどころか、マイナスに転じている。しかし、掲げた1000ヘクタールの森を1000年先まで残したいという「十勝千年の森」の挑戦は続いている。

だれもが美しいと感じる自然とは何だろう。一度人の手が入った森は、適切な管理がされないと荒廃が進み、やがて単一種が占領する多様性の希薄な森になってしまう。もちろんそのまま数百年放置すれば太古の森に還っていくだろうが。しっかりと管理された森は健康美に溢れている。風通しが良く、陽が差し込む木々の間には草花が咲き誇り、動物達に生活の場を提供してくれる。「自然を身近に感じられる壮大な庭」は、自然の中に人々を招き入れ、共生について考えるきっかけを与えてくれる。「十勝千年の森」では、自然と触れ合い方にも独自の手法を取り入れている。「森に内蔵されるアート」としてオノ・ヨーコをはじめとする著名な現代アーチーストの作品を森のあちらこちらに点在させたり、電動で環境負荷の少ない「セグウェイ」のオフロードモデルを配備し、森を巡るユニークなツアーを開催している。手つかずの自然も良いだろうが、人が自然との共生を目指している場所には、いつも新しいアイデアや知識が集結して可能性を探る姿がある。こうした場所を訪れるたび、もっと深く自然環境について考えてみようという気持ちにさせられる。

十勝千年の森

和商市場の勝手丼〜帯広へ

夜明け前、東の空が赤く染まりはじめると、星の瞬きが力を失って行く。少し多めに着込んで外へ出ると、引き締まった冷気が頬を刺すようだ。足元では凍り付いた落ち葉がパリパリと音を立て、森全体がガラスの粉を振りかけたような輝きを放つ。知床の稜線が紅色のシルエットとなって浮かび上がる静寂の時に、オオカミたちの遠吠えだけが響き渡っていた。

馬のモンタと一緒に見送ってくれた桑原さん

桑原夫妻と馬のモンタに別れを告げ、今日の目的地帯広を目指す。往路と同じ阿寒横断道路で内陸部を進むルートも考えたが、10年前に釧路で食べた昼食が忘れられず、摩周国道を南下して海岸線を行く事にした。抜けるような青空の下、緑の草原で乳牛が草を食み、赤い屋根のサイロが並ぶ、いかにも北海道らしい風景が続く。やがて下り坂が続き針葉樹の森を抜けると、シラルトロ湖の向こう側に、広大な釧路湿原が見えてきた。

「勝手丼」その名の通り好きな海鮮でランチタイム

釧路市民の台所「和商市場」は海産物を中心とした様々な食材を扱う店舗が軒を連ねる、釧路で最も歴史のある卸売市場だ。ここで名物になっているのが「勝手丼」。まずは5種類のどんぶりから好みのサイズを選び、ご飯をよそってもらう。各店舗を巡りながら好みの海鮮を選んでトッピングすれば、自分だけのオリジナル海鮮丼の出来上がりとなる。まさに「勝手丼」とは分かりやすいネーミングだ。価格もリーズナブルで、口の肥えた地元民にも人気が高い。10年ぶりの味に舌鼓を打って釧路を後にした。

海岸線のルートは思わずスピードが上がりそうになる

釧路からは海沿いの道を西へと進む。白く泡立つ大きな波が打ち寄せる美しい景観を眺めながら走ると、思わずペースが上がりそうになるが、オービスやパトカーの数が多い。直線主体で道幅も広く、気持ちよく走れるし、海の景観がすばらしくよそ見運転をしそうになるため、事故多発道路なのかもしれない。慎重にスピードを抑えながら走る事にする。西日を反射してギラギラと輝いていた海岸線を離れると、今日の目的地、帯広はもうすぐそこだ。

装着が簡単な「バイアスロン クイックイージー」

東北・北海道編の旅ではスタッドレスタイヤを装着しているが、冬の北国ではハードな雪道に遭遇する事がある。そんな時にはやはりタイヤチェーンの装着が安心だ。カーメイトの非金属チェーン「バイアスロン クイックイージー」は、まさかのアイスバーンにもしっかり食いつき、止まる、曲がるの限界を引き上げてくれる。その名の通り簡単に手早く装着できるため、女性や初心者でも簡単に扱えるのが一番の特徴だ。装着テストをしてみたが数分であっという間に完了。これで、雪に遭遇してから慌てて説明書を読んだり、装着に手間取る事はないだろう。

ソーラーバッテリー装着のガーミンポータブルナビ

エマージェンシーツールとしてもう一点、折りたたみができる柔らかいシート状のソーラーバッテリーを装備した、ガーミンのポータブルナビゲーションシステムを持参している。クルマを降りて散策する時にも便利に使えるし、災害などの緊急時にもソーラーバッテリーが活躍してくれるだろう。

オオカミの森

褐色の毛並みも勇ましいモンゴルオオカミ

道東西別岳の麓に、オオカミと共に暮らす夫婦がいると聞き、標茶町虹別までやってきた。幹線道路を外れ、数km毎に点在する酪農場が途切れた道の終点に「オオカミの森」はあった。真っ白な頂きが美しい斜里岳の向こうに知床連山が一望できる大パノラマがその舞台だ。日本オオカミ協会の理事でもある桑原さんはここで、モンゴルオオカミ、シベリアオオカミなど12頭の“本物のオオカミ”と暮らしている。かつてこの地で食物連鎖の頂点に君臨し、エゾシカを主食に生き続けて来たエゾオオカミが絶滅して100年余。天敵が居なくなり自然界のバランスが崩れた結果、エゾシカが爆発的に増え続け、森林や農作物の被害、交通事故など、多くの問題を引き起こしているという。

広大な敷地に自然林を再現し、オオカミと共に暮らす桑原さんは、オオカミの目を通してこれからの自然を考える「自然教室」を主催している。桑原さんは言う。
「オオカミに対する偏見や誤解をなるべく持って欲しくないので、ここを訪れた方には、全ての動植物が連鎖する自然界の仕組みについてレクチャーを受け、ディスカッションを経てからオオカミ達と会ってもらっています。」

日本では、食物連鎖の頂点にいたオオカミが絶滅してしまったため、本当の意味での“自然”は失われ、害獣駆除という名目で人の手により、シカが殺されている。シカが増えて樹木の新芽を食べ尽くしてしまい、森の食料が減ったために、人里に降りて来るようになったクマも同様だ。森の木は大きくなれず、シマフクロウなど大木を棲家とする動物達の生息域も急激に減少している。このように自然界のバランスが崩れた原因の多くはオオカミが絶滅した事にある、と桑原さんは語る。

オオカミを知るためには、現在の森の姿を見てもらいたいとの事で、西別岳の森へホーストレッキングに出掛けた。牧草地を抜け、森へ入ると、直径10センチメートル程の弱々しいクヌギや樺の木が等間隔に生えている。この辺りはシカの被害や伐採により太い樹木が消えてしまったため、数年前に植樹して再生させた場所だが、元の姿に戻るには50年以上掛かるという。さらに奥へ進むと、直径1メートルを越えるような大木の森へ入った。木々の種類も豊富で、あちらこちらに動物の痕跡があり、いかにも“生きた森”という印象だ。しかし、ここもシカの被害が出始めていて、放置されれば、次第に消えて行く運命をたどるかも知れないという。

かつてアメリカのイエローストーン国立公園でも、オオカミが絶滅し同様の問題が起きていた。解決するひとつの手段として、シカ類の生息数とオオカミのテリトリーなどを厳密に調査して、野生のシンリンオオカミを放った。この話を聞いた桑原さんは、毎年のようにイエローストーン国立公園を訪れ、その成果を目の当たりにしてきた。オオカミを放って数年でシカに食べ尽くされていた森が再生し、生物多様性が蘇るなど、驚く程の効果が現れているという。北海道とは面積や生息する種も違うため、一概に最良の方法とする事はできないが、ひとつの可能性として議論されるべきではないかと考えている。

夕食に、自ら猟ったエゾシカ肉を振る舞いながら、桑原さんは夢を語ってくれた。
「多角的に調査を進めた上で、周囲の理解が得られるのであれば、知床半島に野生のオオカミ5〜10頭を放つのが夢です。野生のオオカミは非常に用心深く人を怖がるため、森を出て姿を見せたり、人に危害を加える事はありません。賛否両論あるのも分かるし、成功するかどうか確信が持つのは難しいでしょう。ただし、かつてはオオカミが食物連鎖の頂点に存在することで、自然界のバランスが保たれていたのは、まぎれも無い事実です。」

気温マイナス5度とキンキンに冷え込む星空の下、バーベキューコンロの火を囲みながら、「自然とは」という壮大なテーマのディスカッションが深夜まで続いた。喰うもの、喰われるもの、空を飛ぶもの、水を泳ぐもの、人を含む全ての生き物が互いに連鎖して自然界が成り立っている事に間違いはないだろう。オオカミを知る事は自然を知る最良の方法かも知れない。

静まり返った虹別の森に、存在を誇示するような“うぉぉぉうぉぉ”というオオカミの遠吠がいつまでも響いていた。