都市部には潤沢にバイオマスがある。いわゆる“生活排水”がそれだ。河川や海を汚さないためのインフラだった下水処理施設が今、近未来のエネルギー基地として脚光を浴びはじめている。
バイオマスとは石油などの化石燃料を除く、生物由来の有機性資源を指す。簡単に言えば、薪を割ってストーブでお湯を沸かすのも、バイオマス燃料を熱エネルギーとして使っている、という事になる。発生したCO2は光合成によって植物に吸収され、また薪となって燃やされて循環する、いわゆる「カーボンニュートラル」だ。
薪は山へ出掛けて木を切ってこなければならないが、エネルギーを大量に消費する場所=都市に“薪”のような資源があって、エネルギーの地産地消ができれば、それは大きなイノベーションとなるだろう。
その活路を下水に求めた研究が進み、汚泥を嫌気バクテリアによる分解酵素の働きで「消化ガス」を発生させ、それを燃料として、タービンやエンジンを動かして発電する方法が実用化されている。
これまでの下水処理は、固形物を沈殿させた上澄みを、フィルターや好気バクテリアによる生物濾過できれいにし、消毒液を混ぜて無害化したものを河川や海に流す方法を取っている。残った沈殿物(汚泥)は焼却処分されるのだが、水分が多いため大量の熱エネルギーが消費される。焼却灰は道路舗装の材料などにリサイクルされているものの、燃焼するためのコストと排出される膨大なCO2の問題は残ったままだった。
この厄介者の汚泥を、バイオマス発電に利用する取り組みが、全国の下水処理施設に広まりつつある。
汚泥から消化ガスを発生させて発電する方法のさらに先を行く研究が進められ、来年には実用化させようという新たな取り組みについて、RKB毎日放送の今林記者に同行し、九州大学大学院機械工学部の田島教授に話を伺った。
バイオマス水素が専門の田島教授は、下水から水素を製造する仕組みについて、素人の我々にも解りやすい言葉で丁寧に解説してくださった。
前述のバイオマス発電をすでに行っている福岡市中部水処理センターに新たに建設される水素ステーションは、汚泥から作られる消化ガスを精製して純度の高いメタンを作り、ニッケル合金を触媒として水と反応させ、水素とCO2に分解する“世界初”の画期的なものだ。
これまでのバイオマスエネルギーは熱効率の高いメタンを燃やす事で得ていたが、それではCO2が排出されてしまう。田島教授の方法では、水素とCO2に分離することができるため、CO2を圧縮して液化し、化石燃料を採掘した“穴”に埋め戻す事で、カーボンニュートラルどころか、カーボンマイナスが現実になる。
現段階では、埋め戻す方法などは研究段階だが、実現はそう遠くないという嬉しい言葉をいただいた。何しろここ数年、途上国が排出するCO2の増大が悪影響を及ぼし、予想よりも早いペースで地球規模の気温上昇に拍車が掛かっている。半世紀後の平均気温が5度も跳ね上がるという試算もある程、地球は病んでいるのだから。
水素ステーションが併設される中部水処理センター
今年末にトヨタ自動車が満を持して発表を予定している水素燃料電池自動車(FCV)は、先月末に開催されたひかりエコフェスタにも登場し、大きな関心を集めていたが、数年先には間違いなく日本中で見かけるようになるだろう。その普及スピードを決定するのが水素ステーションのインフラ整備に他ならない。
九州大学の田島教授が進めている水素ステーションの建設が予定されている福岡市中部水処理センターは、実稼働時にも便利に使える都市高速環状線沿いにある。下水処理の実際とこれからの展望を知るため同施設を見学させていただいた。
古くから開発された街は、汚水と雨水が同じ系統配管で流れているため、降雨量によって下水処理の受け入れ量が増減してしまう。そこで施設内の管理のみならず、区域全体の流量を監視する必要があるのだ。管制室では気象データや河川のモニタリングを元に処理量をコントロールするため、24時間体制で業務に当たっているという。
嫌気バクテリアによる消化ガス生成には、できるだけ水分を減らして消化槽に送る必要がある。この建屋ではコーヒーフィルターのような濾過法で丁寧に水分を減らし、適切な水分量に調整している。今でこそ「汚泥」という不名誉な名で呼ばれているが、水素を生み出す宝の泥、将来は呼び名が変わっているかも知れない。
現在稼働中の消化ガスエンジン発電装置は、メタンが主成分の消化ガスを燃焼させるエンジンで発電しているが、水素ステーションを稼働させるためには、消化ガスを純度の高いメタンに精製しなければならない。そうした工程を経て、ようやく水素とCO2を作る事ができるのだ。ここで言う高純度とは99.99%以上を指す。これは水素燃料電池自動車のガイドラインに基づいているという。
燃焼して得られるエネルギー効率を比較すると、メタンの方が断然効率がよく、同量の水素の倍近いエネルギーを発生する。水素は空気と混ぜて燃やすのではなく、燃料電池内の化学反応で発電してこそ真価が発揮できるという事になる。
水素ステーションのインフラ整備に国の予算が投下されて、主要都市を皮切りに日本全国に配備される事も決まり、自動車メーカー各社の水素燃料電池自動車(FCV)が当たり前のように走り回る日もそう遠くはないだろう。
工業製品の副産物として生まれる水素(Bad H2)で走るのではなく、田島教授の目指す水素(Good H2)を生み出しながらカーボンマイナスを実現する世界が現実となり、真にクリーンなエネルギーで走るクルマが行き交う事を願ってやまない。
九州大学 田島先生
丁寧に解説いただきありがとうございました。
福岡市中部水処理センター
有働さん 梅崎さん 岩見さん
お忙しいところ見学させていただきありがとうございました。