予報が見事に外れ、出発直前まで降り続いていた雨がピタリと止んだ。天頂に輝く真ん丸な月を仰ぎ見ながら、深夜のハイウェイを西へ、西へ。
紀伊半島を巡る新たなエコミッションの始まりだ。
空が白みかける頃、風も無く、穏やかな表情を見せる紀伊水道がぼんやりと見えて来た。さらに海岸沿いを南北に走る湯浅御坊道路を南下して日の出と共に今日の目的地「南紀田辺」に到着した。
宿泊先「南紀シータイガーマリーナ」では、早朝にも関わらずヨットハーバーを管理している代表の山崎憲治さんが出迎えてくれた。山崎さんはチーム代表の横田さんとは、40年前にアフリカで出会った旧知の仲。久々の対面で積もる話に華が咲き笑顔が絶えないが、先ずはエントランス脇にプリウスPHVを停めて充電をお願いした。
新たなエコミッションのスタート地点に南紀田辺を選んだのは、100年も前から“エコロジー”という言葉を唱えていた世界的な博物学者、南方熊楠(みなかたくまぐす)を生んだ「エコ発祥の地」を見聞しながら、自然エネルギーを本格的に導入しはじめた紀伊半島を巡りたいと思い起ったからだ。
田辺湾に浮かぶ神島(かしま)は幅200メートルほどの小島ながら、照葉樹がこんもりと生い茂り、どこか神秘的な美しさに満ちている。ここは熊楠が幾度となく上陸して菌類や動植物を採取して研究していた島だ。後に人との関わりを持って共生する自然環境保護活動に情熱を傾けた彼の原点とも言える場所なのだ。
熊楠と交流のあった昭和天皇が上陸した事でも知られる神島だが、現在は天然記念物に指定され、特別な許可を得た研究者だけが上陸を許さている。長年に渡り未踏の島を貫いたこの島には、手つかずの自然環境が温存れているという。
生物学、民俗学、民族学、宗教学など人と自然の関わりを鋭く見てきた熊楠は、政府の指導で「一町村一神社」を標準とする神社合祀が強制威圧的に推進されようとしている事を知り、地域の人々の心のよりどころの神社や、住民に密着した自然環境の一つである森が強引に合併され、失われていくことに強い怒りを覚え、神社合祀反対運動を展開した。
熊楠の神社合祀反対運動が実を結び、全国で多くの神社や森が保護される事となったが、田辺市の中心街にある闘鶏神社もそのひとつだ。
開山1,600年という歴史を感じる鎮守の森を従えた、荘厳な佇まいの社殿が並び、分厚い檜皮葺き屋根が枯淡な風合いを一層引き立てている。社務所前の駐車場にプリウスPHVを停めてまずは参拝。スタッフ一同で二礼二拍手一礼に乗っ取り、旅の安全を祈願する。
禰宜の大宮さん神社の歴史などについてご案内いただいたお礼に、本殿前でプリウスPHVの給電デモを披露する事にした。ご自身が30系プリウスのオーナーという事もあって興味津々の様子で、実際にプリウスPHVから取り出した電気で扇風機や照明、シャボン玉マシーンなどが次々稼働するのを目の当たりにして、感心しきり。次の買い替えには是非ともPHVにしたいと言っていただいた。
闘鶏神社から5分ほどの所に、熊楠の生家と、それに隣接する「南方熊楠顕彰館」があるというので、立ち寄る事にした。
和歌山の銘木ヒノキの香りが漂う館内には、熊楠が遺した約25,000点に及ぶ所蔵資料が収蔵・展示されている。几帳面にびっしりと書かれた英論文や精細な生体図、生前の愛用品などを眺めていると、彼の人物像に迫る展示内容に圧倒される。南紀田辺を訪れる事があれば、是非ともお勧めしたいスポットのひとつだ。
南紀田辺や熊野といった、人と自然が密接に関わりを持ちながら保たれてきた環境保護に情熱を傾けた南方熊楠という人物を知れば知るほど、その壮大な生き様に驚嘆するばかり。ここ南紀田辺を訪れて、その思いは倍増されたように思う。
彼への尊敬と美しい田辺の自然を胸刻み、紀伊半島を巡る旅は続く。