ドウドウと流れる渓谷の音、ザワザワと風になびくミズナラの森、一丁前に鳴き方を覚えたウグイスの声。時折、せわしなく木を叩くキツツキのドラミングが山々にこだまする。夜明け前の増富は山の音に満ちている。
甲府盆地の田園風景を眺めながら30分も走れば、ちょうど「お盆のフチ」にあたる山へ突き当たる。さらに峠道を登ること15分、そこはもう原生林が広がる標高1,000メートルの世界だ。どっしりとしたブナやトチの木々が見事な枝振りを披露してくれる。
今回エコミッションが訪ねた北杜市増富は、GAZOO.comがより選った全国に58あるガズームラのひとつだ。首都圏からのアクセスも良く、見どころ満載の増富。まずはムラの玄関口「みずがき湖ビジターセンター」に立寄り、観光案内をしている小澤さんに話を伺った。
小澤さん特製イラストマップを手に、みずがき湖畔をスタートして塩見渓谷やラジウム温泉郷、みずがき山を望む自然公園などを巡る、2時間程のモデルコースを教えていただいた。雲がたれ込める生憎の空模様だが、宿泊先のチェックイン時間までの間、ムラ景色を満喫したいと思う。
みずがき湖は治水と発電のために建設された塩川ダムの人工湖。ここは治水が主な目的で、発電量は最大1,100kwhとミニマムだが、女性的なやさしさを感じる美しいダムだ。
ダムといえば欠かせないのが近頃話題の「ダムカード」。管理事務所のインターホンを鳴らし“4枚ください”とお願いすると、しばらくして係の方がドアの隙間からスッと手渡す、何だか闇取引のようなやり取りの末、念願のダムカードをゲットした。
トンネルと蛇行する坂をいくつか越えると、数軒の宿が密集する「増富ラジウム温泉郷」が見えてくる。この辺りは天然のラジウム鉱石を通り抜けて沸き出す温泉地で、古くから湯治場として人気の高い場所だという。温泉街入口にある、ひと際大きな建物の「増富の湯」に立ち寄って見ると、山中の日帰り温泉施設としてはかなり大きな建物で、利用者のほとんどが登山や森林トレッキングに訪れた人で、週末の今日はとても混雑していた。
さらに巡回コースを辿って山へ分け入ると民家1戸分はあろうかという岩がゴロゴロころがる塩川渓谷が道路脇に続き、標高1,200メートルを越えた辺りで、流域の森がシラカバやカラマツに変わった。高原のひんやりとした風が心地よい。
山頂に露出した岩が見事な「みずがき山」の絶景が楽しめるという自然公園に向かうが、心配していた雨がぽつぽつと降って来た。見晴し台まで足を運んだものの、みずがき山は雲に隠れている。ビジターセンターで見せてもらった写真があまりにも素晴らしかったので諦め切れず、せっかくここまで来たのだからと、周辺を散策して様子を見る事にした。
願いが天に通じたのか、にわかに空が明るくなって来た。カメラを構えて待つ事30分余。雲の切れ間から陽が差し込んで山頂を照らし、突然「みずがき山」が姿を現した。
角柱を無造作に突き立てたような荒々しい岩山の周りを原生林が覆う、何とも感動的な絶景。次に姿を隠して雨が降り出すまでの15分ほどの夢に酔いしれた。
今回の宿泊先「リーゼンヒュッテ」は、その名の通り、主にトレッキング客を迎える山のホテルだ。原生林の山に囲まれ携帯電話が繋がらないため、エントランスにある公衆電話が唯一の通信手段。非日常の世界にどっぷりと浸かり、マチの疲れを振り払うには絶好のロケーションだ。ここをベースにゆっくりと森を散策するのも良いが、おすすめは夜。満天の星空を楽しんでもらえるようにと、ロフト付きの部屋には天窓が切ってある。残念ながら今夜は満月の明かりがうっすら感じる曇り空だったが、晴れた日には天の川がくっきり観る事ができるという。各部屋には星座の名前が付けられている事からも、ここの夜空の実力が推し量れる。
短い滞在だったが、こんなにアクセスのよい場所で濃厚な自然を楽しむ事ができるとは、何だか得をした気分になった。旅行などという大げさな機会を設けず、思い立ったら“ぶらり”と訪れたい隠れ家のような「カズームラ」増富を訪れてみてはいかがだろう。