エコミッション@紀伊&東海がスタートして初めて雨の朝を向かえた。糸を引くような、いかにも梅雨らしい“おしめり”が、色あせた山々の緑を鮮やかに蘇らせてくれる。
ガズームラしみずから海岸までは延々と下り坂が続くため、プリウスPHVはガソリンを全く消費する事なく紀伊水道に面した湯浅の町に着いた。たっぷりと湿気を帯びた海風に乗って、芳ばしい醤(ひしお)の香りが漂ってきた。
湯浅町は醤油発祥の地として知られ、その起源は鎌倉時代にまで遡る。興国寺の開祖、法燈円明(ほうとうえんめい)国師が中国から持ち帰った金山寺味噌が湯浅周辺でも作られるようになり、製造過程で染み出てきた水分を“醤油”という調味料としたのが始まりだという。
街道筋の老舗醤油蔵「湯浅醤油」を訪れ、長年醤油づくりに携わって来たという林さんに、醤油蔵を案内していただいた。
醤油の歴史、醸造桶と貯蔵樽の違いから原料の善し悪しにいたるまで、流れるような解説付きで蔵を巡ると、日本食文化の中核を担う醤油のすばらしさを改めて実感できた。
「ここが醪(もろみ)を仕込んで発酵させる蔵です。特別に中に入ってみますか?よろしければ醪を味わって見てください。きっと驚かれると思いますよ。」と林さん。
滅多に体験できないであろう申し出に喜び勇んで蔵に入り、板の間にぽっかりと空いた大穴に手を延ばした。指先に付いた褐色の醪を口に運ぶと、林さんの言葉の意味が直ぐに分かった。とろりとした醪が口いっぱいに広がり、芳ばしい香りが全身を痺れさせる。美味い、本当に美味い!
貴重な体験に感謝しながら蔵を後にし、直売所で気に入ったひと瓶を買い求めた。数種類の醤油をテイスティングしてから購入する事が出来るのが嬉しい。林さんが振る舞ってくれた名物の“しょうゆアイス”を頬張りながら、江戸時代の醤油蔵などの建物を町並みごと保存しているという「重要伝統的建造物群保存地区」へ向かった。
湯浅重要伝統的建造物群保存地区
大きな切妻造りの醤油蔵と古い町屋が建ち並ぶ景観は情緒たっぷり。ほとんどの建物が現役で使われているため、暮らしの息吹が感じられるのも魅力のひとつだ。道往く人は皆微笑んで会釈をし、辻ごとに数名が立ち話を楽しんでいる。この町は建物だけでなく、懐かしくも温かい人情までもが保存されているようだ。
町並みを散策するうちに、格子窓や板弊に掲げられている蒸篭(せいろ)に目が止まった。中には古民具のミニチュアや人形などが美しく飾られている。聞けば「せいろミュージアム」と呼び、古い町屋に伝わる小物などを観光客に披露しているのだという。ここに暮らす方々が、町並みごと美術館にする試みには感心させられた。
蒸篭は100個以上あり、現在も増え続けているというから、湯浅を訪れる事があれば、お気に入りのアート作品を探しながら散策してみてはいかがだろうか。雨が上がり薄日が差してきた湯浅を後に、紀伊半島を巡る旅は続く。