鮎川地区に掛かる歩行者用の宇立橋。沈下橋より簡素な作りで、増水時には木製の路面板が外れる、通称“流れ橋”

ダムの無い川に棲むオオウナギ「富田川」

富田川流域には人の暮らしと密接に繋がる共生林が続く
富田川流域には人の暮らしと密接に繋がる共生林が続く

日本では数少ないダムの無い河川として知られる「富田川(とんだがわ)」には、全長2メートル、体重20kgにも達する「オオウナギ」が棲むという伝説めいた話がある。温暖な気候とは言え、北限を遥かに越えた白浜町富田川流域で語り継がれる川の主を追って、降りしきる雨の中、熊野本宮へ通じる朝来街道を遡った。

オオウナギが棲むという富田川流域の鮎川に到着
オオウナギが棲むという富田川流域の鮎川に到着

ダムの無い富田川は、急峻な山間部を流れることもあって水量が刻々と変化する。大雨が降れば川幅いっぱいに広がった激流が押し寄せ、小規模な橋は崩落してしまうため、「沈下橋」と呼ばれる欄干のないものが掛けられている。中流域の鮎川地区に掛かる歩行者用の「宇立橋」は、沈下するだけでなく、木製の路面が浮き上がって外れることで水をいなすというユニークなもの。柔軟な発想で自然と折り合いを付ける素敵なアイデアだ。

鮎川地区に掛かる歩行者用の宇立橋。沈下橋より簡素な作りで、増水時には木製の路面板が外れる、通称“流れ橋”
鮎川地区に掛かる歩行者用の宇立橋。沈下橋より簡素な作りで、増水時には木製の路面板が外れる、通称“流れ橋”
美しい清流だが増水時には暴れ川に変貌するという
美しい清流だが増水時には暴れ川に変貌するという
丁寧に管理された銘木「熊野ヒノキ」や「熊野スギ」の森は美しい
丁寧に管理された銘木「熊野ヒノキ」や「熊野スギ」の森は美しい

銘木として知られた熊野ヒノキやスギ、田辺発祥の備長炭に使われるウバメガシに代表されるように、南紀一帯は古くから森との関わりが強い地域だ。富田川沿いの山並みにも丁寧に管理された美しい森が広がり、そのさらに山奥には健康な原生林が“天然のダム”の役目を果たしている。

富田川の河口から鮎川までの約18キロがオオウナギの生息地として国の天然記念物に指定されている。広い川床の両岸は護岸されているとはいえ、蛇行する流れの外側には濃緑の淵が点在し、いきものの気配がする。ここならオオウナギが棲んでいてもおかしくないかも知れない。川に転がる小石が少しずつ大きくなり、一抱えもある大きさになった辺りが、過去にオオウナギが捕まったという流域。話を伺おうと大塔行政局を訪ねて見た。

受付でオオウナギについて訪ねると、何と剥製が3体も飾ってあった。偶然に立ち寄った場所で剥製とはいえ本物に出会えるとは驚いた。ガラスケースに収まった巨体は、堂々とした風貌で不気味さは感じられず、むしろ愛嬌のある印象だ。撮影をお願いすると、特別にという条件でテーブルの上に出していただいた。間近で見ると迫力倍増。しばし観察しながら話を伺った。

オオウナギの剥製を前に富田川の話を伺った
オオウナギの剥製を前に富田川の話を伺った
実測すると長さ145センチメートルもあった
実測すると長さ145センチメートルもあった
太さは大人の足ほどもある
太さは大人の足ほどもある
水中でこんなのに出くわしたら震え上がりそうだ
水中でこんなのに出くわしたら震え上がりそうだ
オオウナギの剥製を見せてくれた大塔教育事務所の笠松さん
オオウナギの剥製を見せてくれた大塔教育事務所の笠松さん

「最近はオオウナギが棲めるような淵が無くなって、この辺りで最後に捕れたのは昭和5年です。下流ではそれ以降も捕まった事があるようですが、もう居ないのかも知れませんよ。」と語る笠松さんは少し寂しそうだった。

最近になって和歌山県文化遺産課がオオウナギの本格的な調査を行うと発表した。1971年1月に体長150センチメートル、重さ10.5キロのオオウナギが捕まったのが最後だが、4年前に幼魚が下流域で見つかっているため、まだ生息している可能性があり、1,500万円の予算を掛けて水質や流れの速さ、餌となる生物の有無などを調べている。

治水工事によりオオウナギの棲む深い淵が少なくなったという
治水工事によりオオウナギの棲む深い淵が少なくなったという
数カ所に土砂崩れの後が生々しく残っていた。
数カ所に土砂崩れの後が生々しく残っていた。
昨年の台風で壊れた橋の復旧工事が行われていた
昨年の台風で壊れた橋の復旧工事が行われていた
仮橋を渡る本宮行きのバス
仮橋を渡る本宮行きのバス

山を降りて河口まで来ると雨が上がり空が明るくなってきた。港には熊野の森から切り出された材木を扱う建物が軒を連ねている。かつては筏に組んだ大木が蓄木場を埋め尽くしていたに違いないが、今は大型トラックがその役割を担っていた。森と川を糧として大切にしてきた鮎川の方々の願いが通じ、流域にオオウナギが帰ってくる事を願いながら富田川を後にした。

鏡のような内湾は蓄木場だった場所
鏡のような内湾は蓄木場だった場所
港に集積される銘木「熊野杉」
港に集積される銘木「熊野杉」
河口の港には木材倉庫や製材所が建ち並ぶ
河口の港には木材倉庫や製材所が建ち並ぶ

富田川のオオウナギ探訪