国道257号線を山間まで上るうちに、ポツポツと雨が落ちて来た。空は暗い雲に覆われ、だんだん雨が強くなってゆく。新城市の山間部にある「四谷千枚田」まであと1キロの所で、とうとうワイパーが追いつかない程の土砂降りに急変。走るのが困難になりクルマを停めて様子を見ていたが一向に止む気配がなく、泣く泣くUターンを決めた。
半ば放心状態で町へ引き返そうと10キロほど戻った所でにわかに雨が小降りになり、道ばたの茶畑に休耕地を利用したソーラー発電パネルが並んでいるのがふと目に止まった。
“ここを撮影しながら、しばらく様子をみよう。1枚当たり5kWhが10枚だから最大50kWhぐらいかな…”
などとお茶を濁しているうちに空が明るくなり、今降りてきた谷間の雲が流れ去って霧が立ちこめて来た。「これは晴れるかも知れない」プリウスPHVをもう一度Uターンさせて山道を引き返した。
四谷千枚田の麓にある駐車スペースに到着すると、傘が要らないほどまでに回復し西の空が明るくなって来た。やがて霧に覆われていた棚田や周辺の景色が、ゆっくりと幕が上がるようにその美しい姿を現してくれた。
標高差200メートル以上の急斜面に延々と続く「四谷千枚田」は想像以上に広大で、尺度の感覚が麻痺するような不思議な感覚に囚われる。メンバー全員が並んで同じ方向を見ているが会話は一切無くなり、ゆっくりと時間が流れて行く。各々の心の中には違った風景が見えているのかも知れない。四谷千枚田は、ただぼ〜っと眺めて物思いに耽るのにうってつけの場所だ。
400年前に開墾されたという四谷千枚田(実際には850枚)は、明治37年、激しい豪雨に見舞われ、大規模な山崩れが発生。11名の犠牲者を出す痛ましい事故で棚田の大部分が崩落してしまう。この不幸にもめげず棚田復興に全力を注ぎ、わずか5年でさらに堅牢な石積みの棚田に蘇らせたという。
愛知県は農業用水路の密集度が日本一と言われているが、この棚田でも無数の水路が張り巡らされている。背後の森林が育む豊富な地下水を隅々まで運ぶ“血管”のような水路には、多くの生き物が棲む健康な水が流れている。
四谷千枚田には、この豊富な水を利用した「小水力発電機」が設置されている。コンパクトな設備で「でんでんちゃん」という地元小学校の児童が命名したニックネームまで与えられ地域に愛されている。発電能力は最大1,000kWhと見た目通りの小さなものだが、景観を壊す事もなく自前のエネルギーを得られる、“身の丈”に合った取り組みだと思う。棚田を耕作している周辺の家屋は19戸で消費電力も限られているし、何しろ水路は無数にあるので、この小さな発電機でも数を増やせばこの一帯の電力を賄うことが出来るのではないだろうか。
「自然エネルギー」とはいえ、美しい風景の中に突然現れるメガソーラーや、緑の高原に林立する大型風車など、景観を台無しにしているとの批判もある。小水力発電のような環境インパクトの少ない装置を上手く取り入れ、“自前のエネルギー”を増やして行く事が、次世代のエネルギー問題を解決するひとつの方法かもしれない。