熱い魂と強烈なリーダーシップで国産自動車を生み出す事に情熱を注いだ豊田喜一郎。激しく揺れ動く時代の波にこ漕ぎ出た男の“夢”に思いを馳せる特別展示が、トヨタテクノミュージアム産業技術記念館で開催されている。
この3月に放送されたLEADERS〈リーダーズ〉という2夜連続TVドラマをご覧になった方も多いのではないだろうか。
俳優、佐藤浩市の熱演が評判になった5時間にも及ぶ大作の主人公、愛知佐一郎 = 豊田喜一郎だという事は説明するまでもないだろうが、国産乗用車を生み出そうと奔走する5年間描いた作品は、熱いものが込み上げる良い内容に仕上がっていたと思う。もちろんフィクションの部分もあるだろうが…。
あの夢溢れる世界感を再び!という訳で、特別展が公開されたばかりの「トヨタテクノミュージアム産業技術記念館」を訪れる事にした。
彼の情熱のような陽射しが気温を押し上げる中、プリウスPHVの到着を待ち構えていたのは、この特別展示に誘っていただいた布施さん。横田さんとは旧知の仲で、まるで昨日まで一緒だったようなさりげない会話が、お二人の成熟した関係を物語っていた。
館長の飯島さんにも笑顔で出迎えていただき、早速受付へ。駐車場脇のコンセントから充電してもらうため、女性スタッフにプラグインをお願いして、館内の展示室へ入った。
開館して10分も経っていないのだが、家族連れを中心にたくさんの来館者で賑わっている。案内を買って出てくれた飯島館長によると、このところ休日にはたくさんの方が来館し、その数を増しているという。クルマが生活の中心だった頃を知る世代には嬉しい話である。
エントランスの広いスペースに展示されている巨大な機械が来館者を出迎える。このシンボリックな円筒形の機械は、喜一郎の父、佐吉が発明した世界初の環状織機だ。筒状に張られた縦糸の間を、波状に動く円盤内のシャトルが横糸を通す画期的な発明品で、継ぎ目無く環状の布が仕上がって行く様子を実際に見る事ができる。ひとつのモーターから無数の歯車を介して複雑に動く姿は、機械というより意思をもった生き物のように見える。凄い発明家の父に見守られて育った喜一郎の原点を垣間見たような気がした。
こちらも動体展示されている巨大な蒸気エンジン発電機。大きさの割には最大出力500馬力と拍子抜けではあるが、当時としてはハイスペックマシーンだったに違いない。日進月歩する技術のスタートラインに相応しい展示だ。
この先は国産乗用車誕生までの足跡が、喜一郎の名言とともに時系列で展示されている。その展示内容や展示物のクオリティの高さ、照明効果にいたるまで、取り巻く空間全てが洗練されている。ここを訪れた方は、小型単気筒エンジンを試作する事から始まる“夢”実現への道程にのめり込んでしまうに違いない。
特に驚かされるのは、クルマを作るために欠かせないとは言え、素材としての「鉄」を、これでもかと言わんばかりに研究し尽くした事。使用する部品ごとに違った特性を持たせた鉄の精錬にまで、抜かりない姿勢で望む喜一郎の高い理想を見せつけられる思いだ。
豊田喜一郎生誕100周年と同時に、開館20周年を記念し、豊田喜一郎生誕120周年特別展「喜一郎の夢」を開催している特別展示室へ案内していただいた。高い天井から提げられたたくさんの幕には、喜一郎の名言や、仲間が残したエピソードが載っている。
“2.機械は人間と一体になって完全になる。”
いくら良い機械を作っても訓練を積まなければ動かせないようでは切れない刀と同じだという意味らしいが、海外からモータリゼーションの波が押し寄せ、機械に従うような機運が高まっていたこの時代に、同じ頃制作されたチャップリンの名画“モダンタイムス”さながら、こんな風に言ってのけた喜一郎の言葉は深く心に響く。
掲げられた言葉すべてが、こんな風に心を揺さぶるものばかりで、背筋をしゃんと伸ばしていないと恥ずかしいような気持ちにさせられる。最近ぼんやりしてるなぁ、と感じている方は、ここへ足をはこんで喜一郎さんに背中を押してもらってはいかがだろう。
名言とともに、直筆のノートや図面とともに展示されている「トヨダ・AA型乗用車」を見ていると、“夢”と情熱があれば、こんな凄い事ができるのかと奮起させられるに違いない。
再び常設展示へ。近年の技術の進歩を体験しながら見る事ができる大きなフロアを見て回った。エンジンやブレーキ、フレームなどパーツ毎の進化を動くモデルで体験できる。エントランスの環状織機にしろ、セルシオのV8エンジンにしろ、あえて手間の掛かる動体展示にこだわる姿勢には感心させられる。
生産ラインの展示では、シリンダーを研磨するルーターや、大型プレス機、溶接ロボットまで動く動く。おかげで子供でも一目瞭然、仕組みが良く分かるのである。ここにもユーザーが努力しなくても機能するものづくりを詠った喜一郎の姿勢を見たような気がする。
天才のように言われる喜一郎だが、弛まぬ努力の積み重ねが実を結んだに違いない。しかしそれ以上に、仲間との強固な繋がりこそが国産乗用車誕生のコアだと喜一郎は高らかに述べている。ひとりではクルマを作る事はできない、関わったすべての者が最善を尽くす事で“夢”は叶ったのである。
豊田喜一郎生誕120周年特別展「喜一郎の夢」は開催されたばかり。
9月15日(月・祝)まで公開されているので、夏休みに誘い合って訪れてみてはいかがだろう。
■トヨタテクノミュージアム産業技術記念館
特設ページ:tcmit.org/information/2014/06/120.html