大阪万博が大成功に終わり日本中が好景気に湧いていた40年前、白馬連峰を望む姫川沿いの斜面をひとり耕す男の姿があった。大規模農法がもてはやされ、農薬や化学肥料を盛んに用いて“美しい畑”で作られた“美しい野菜”が大量に市場に出まわっていた頃、あえて昔ながらの農業の魅力に惹かれ、自給自足を目指した彼は「無農薬・有機農法」の先駆者だった。
今年で81歳になるという彼の名は山岸豊吉さん。東宝映画の大ヒット作「あゝ野麦峠(1979)」の企画・制作に携わるなど、多くのルポルタージュ作品を中心に手がけて来た映画人でもある彼の元には多くの映画仲間が集い、農作業に汗を流して行くとの事。“土魂塾”と名づけられた畑に建つ母屋の壁に、ずらりと掲げられた塾生名札には有名俳優などが名を連ねている。
山岸さんが開墾した農地で農業体験ができるというので北安曇郡小谷村にある“土魂塾”を訪れた。樹齢千年を超える杉の大木を従えた諏訪神社に繋がるように広がる畑は、一見すると雑草が繁茂しているように見えるが、これこそが自然農法。野菜は野草と競うように力強い株に成長し、豊かな実りを授けてくれるという。横浜から自然農業体験に訪れていた子供たちと一緒に畑へ出向き、トマトやインゲン、ズッキーニ、きゅうりなどの収穫の手伝いをさせていただいた。夏の陽と土の栄養をたっぷり吸収した野菜たちは元気の塊のように輝いている。トマトをひとつもいで口にすると、パチッと弾けるしっかりとした皮の中から、ほとばしるような香りと元気が飛び込んでくる。それを呑み込むと身体中が喜んでいるように感じた。
収穫した籠いっぱいの野菜をかついで“土塊塾”の母屋へ戻り、採れたて野菜を振舞っていただくことになった。見事な加賀太きゅうりの皮を荒く剥いて麺棒で叩き割り、味噌をつけて頬張ると、口元からあふれそうな程の水気を含んで、先程のトマトに負けず劣らずの旨さ。傍らで静かに見守っていた山岸さんもうれしそうに頬張っていた。御年81歳の山岸さんだが、每日のように急斜面の畑を往き来し鍬をふるっている。「農業を続けるのが長生きの秘訣。90歳までは続けますよ。映画は借金して撮るもんだからね、年金はみんなそっちに回るんだよ。これからも畑を増やして口にする全ての食べ物を自分で作りたいんだ。」時折、少年のようにはしゃいだ表情を浮かべながら、そんな夢を語ってくれた。山岸さんはこれからも畑に出ては汗を流し、“将来の夢”に向かって進んで行くだろう。
楽しい時間をありがとうございました。
山岸さんのお人柄に強く惹かれました、いつまでもお元気で。
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