水島灘を望む笠岡の静かな入り江に、ひときわ美しい干潟が広がっている。生き物の気配がそこかしこから感じられ、たくさんの水鳥が飛来してカニやイソメ、アサリや小魚などを啄む姿がある。周囲には住宅や病院などが建ち並び、すぐ沖合を定期船が行き交う、ごく普通の町の海岸に見えるが、ここにはゴミひとつ見当たらない。
それは、この干潟をふる里に選んだ天然記念物「カブトガニ」を守るために、地域の人たちが徹底したビーチクリーニングを行っているからにほかならない。
地域に守られた美しい干潟
まずはカブトガニの繁殖地となっている海岸をご覧いただこう。よく見かける、ビニール袋やペットボトルが散乱する海岸とは大違いの美しさだ。
カブトガニを知る
生きているカブトガニを観察し、体の仕組みや生態などを知るために向かったのは、繁殖地の海岸にある笠岡市立カブトガニ博物館。3億年前からカタチがほとんど変わらないカブトガニを詳しく紹介しており、大型水槽での生体展示の他、人工干潟による繁殖にも取り組んでいる。
カブトガニが“かけがえのない”理由とは
カブトガニは日本にだけ生息する貴重な唯一固有の種だ。とは言っても、カブトガニだけが“かけがえのない”生き物という訳ではなく、全ての生き物をそう呼ぶべきなのだろう。しかし、カブトガニには、とりわけそう言われる理由があるのだ。
過去には瀬戸内海や有明海など関東以西の干潟でたくさん見られたが、漁の時に尖った甲羅で網を破る厄介者として嫌われ、田畑の肥料や家畜の餌にされるなど、ぞんざいな扱いを受けていたカブトガニ。高度成長期に行われた大規模な埋め立てによる干潟の減少や水質の悪化などで、急激に生息数が激減してしまう。
その頃、彼らが古生代デボン紀(3億年前)からその姿がほとんど変わっていない“生きた化石”だと判り、学術的な面から貴重な存在として再認識されるようになると、生息調査と同時に、本格的な保護活動が始まった。
カブトガニは進化の謎を解明するという学術的な面からだけでなく、海辺の環境を知るバロメーターともなっている。何しろ彼らは3億年以上もカタチを変えずに生きてきたというのに、僅か数十年間に起こった環境変化に対応出来ず、絶滅の危機に瀕している。という事は、生物全体にとっても“崖っぷち”な状況と考えて間違いないだろう。そこで、環境対策の判定基準としてカブトガニの生息数を指針にしようという訳である。
古生代からの救世主
カブトガニが人類にとって大変有用な“薬”の素になっている事をご存知だろうか。
カブトガニは体内に入って来た毒素から身を守るために、血液を寒天状に固める特殊なタンパク質を血球中に持っている事が分かり、研究の結果、人体自身から分泌される有害な「内毒素」を簡単に見分ける薬(リムルステスト薬)が開発された。また、ガンやエイズの特効薬にもなりうるという研究機関もあり、人類の救世主になる可能性すら秘めているのだ。
この貴重な血液を求めて、さらなる乱獲を懸念する向きもあるだろうが、心配無用。天然のカブトガニから採血して経過を観察したところ、1/3の血液を失っても短期間で元の状態に戻る事が確認されたため、最小限のダメージで済むように厳格な決まりの元で採血が行われている。
笠岡干潟のカブトガニは、日本最大の繁殖地である佐賀県の伊万里湾に次ぐ生息数と言われていたが、笠岡湾の干拓事業で干潟が激減してしまい、絶滅寸前まで追い込まれている。健康な干潟環境のバロメーターとして、また有用な薬品にもなる希少なカブトガニを守るための懸命な保護活動が今日も行われている。
カブトガニ(英語名:Japanese horseshoe crab)は、環境省のレッドデータブックで、自然界に生息する生物の最高ランクである絶滅危惧I類(CR+EN)に指定されている。
明日は、やはり生き物にとって“かけがいのない”自然の恵みのお話。
お楽しみに。
カテゴリー: ECOMISSION2013,岡山県,環境
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